和歌山射殺事件

溝畑泰秀和歌山市の立てこもり事件のせいで寝不足です。2丁拳銃ぶっ放しながら逃走の末に立てこもり、最後は自らを撃って死ぬという、まるで映画のような展開でした。

気の毒だったのは和歌山県警ですね。このように凶悪でアグレッシブな事件に慣れていない上、相手は武装したポン中ですから、現場も混乱していました。

しかし、警察組織のシステムと世論を考えれば、それも致し方ないと思います。拳銃を持った犯人が逃走している場合、まず警察が考えるのは一般人の安全確保です。

これは交通警察も同じで、違反車両が逃走した時に無理な追尾で一般人を巻き込む事が無いよう「深追いしない」という規定があります。もし、追尾中に逃走車両が一般人を巻き込む事故を起こし、死者でも出せば現場の警察官はもちろん、上司まで処分ものです。

仮に立てこもり事件で犯人を射殺していたら、マスコミと世論は「射殺の必要性があったか」を追求します。逆に現場の警察官が犯人に射殺されていたら「対応の不手際」を追求されるでしょう。どちらにしても警察は非難され責任の追求を受けます。

今回の事件で警察が大きな失敗をしていたら、最終的な責任は和歌山県警本部長にまで及びます。だから指揮官も責任を負うことを恐れ、命令を上に仰ぐため現場は動けず膠着しました。

事件の結末は犯人の「自決」で完全解決とはいきませんでしたが、逃走中と立てこもり中に他の怪我人も出ず、まあ良かったんじゃないでしょうか。

和歌山県警の対応が「後手後手」にまわったとの批判は当然だと思いますが、県警は「適正な対応だった」と答えるしかないでしょう。

2丁拳銃のポン中というモンスター相手に奮闘した和歌山県警の皆さん、ご苦労様でした。

投稿者:

猫組長

ネコノミスト・ネコ評論家。専門はマクロ経済学・金融市場論。得意分野は国際金融取引。 週刊SPA!にて「猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言」連載中。 メール info@nekokumicho.com